※本記事はネタバレを含むので、未読の方はご注意ください。
久しぶりにミステリー小説を読んだ。自分にとってミステリー小説、特に俗にいう本格物を読むことは旅行をしているかのような感覚を覚える。まず、事件の起こる舞台が良い。本格物の舞台は大抵クローズドな空間だ。登場人物が舞台に行き着くまでの描写を読んでいると自分も旅行しているような気分になる。
現実世界で事件の現場に居合わせたいとは全く思わない。しかし、読者という1歩引いた視点で、クローズドな空間で発生する謎に集中できるとなると話が違ってくる。本作、『時計館の殺人』も時計館というクローズドで特殊な環境で事件が起こる、本格物の王道的展開だ。本作は館シリーズと呼ばれるシリーズ物の作品だが、本作も非常に面白く上下巻にも関わらずページをめくる手が止まらずあっさりと読めてしまった。
私の本作で1番好きなポイントは大胆で印象的な仕掛けだ。本作には大きな謎として、現在に起こる殺人事件と過去に起こった事故の2つの謎がある。関係が薄そうなこれらの謎が「時計の進み方が建物の中と外で違う」というこの1発で連鎖的に解けていく様は非常に快感だった。
過去を振り返ってみるとこの感情は三津田信三さんの『首無の如き祟るもの』を読んだ時に得られたカタルシスに近い。また、この感覚はWebアプリケーションエンジニアとして働いている時に、既存のデプロイの仕組みを読み解いた時の感覚に近かった。どうやらやはり私は1つの手がかりや事実をきっかけにわからないことがわかるようになるという体験が好きであるようだ。
本作を読んで作者の綾辻さんへの尊敬の気持ちが湧いた。前述のとおり、大胆なトリックもだが、ミスリードをさせるのが本当に上手い。事件の被害者達が過去に掘った落とし穴に誰が落ちたのかという謎は全体の謎に大きく関わるのだが、完全にミスリードさせられた。殺人事件の犯人も雰囲気や残りのページ数からして由季弥ではなさそうだとは思ったが、具体的に誰かを候補が思いつくはずもなく、本当に意外でただただ驚かされた。
「時計の進み方が建物の中と外で違う」という仕組みの発端は最愛の娘の死を占いで予言されてしまった時計館の主人、倫典によるものだ。娘に対して死ぬ前に結婚をさせてやりたいという一心でとったこの行動は、狂信的という言葉がぴったりだ。倫典には過去に何度も占い師に当てられてきたという実績があるとはいえ、この行動は全く私は共感できなかった。この辺りは実際に子供がいたりするとまた感想が違ってくるのかもしれないが、案外人間は愛する人のためなら意図も簡単にくるってしまえるのかもしれない。
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