【書評】『才能の正体』~それ、本当に才能のせいですか?~

才能の正体 ビジネス

本書『才能の正体』はまさにタイトルのとおり、才能の正体とは何であるのか、そして才能を開花させるにはどうすればよいのかという誰もが一度は考えるであろう問いに徹底的に向き合っている作品だ。著者の坪田氏は学習塾の経営者・教育者である。彼を一躍有名にしたのが彼の処女作でもある通称『ビリギャル』だろう。成績の悪かった女子高校生を難関大学へ合格させたという実話は多くの人に衝撃を与え、勇気づけた。

そんな彼が才能の正体について書くのだから、説得力は自然と高まる。さて、肝心の才能の正体である。本書ではどのように書かれている気になるであろうが、その結論は非常にシンプルであった。本書曰く、才能の正体とは「結果」である。

才能の正体とは結果であるとはどういうことかというと、目を見張るような結果を出した途端にその結果を出した人のことを「才能がある」と周りの人が認識し始めるということだ。先程のビリギャルを例にすると、結果とは「難関大学に合格した」ことだ。難関大学に合格するという結果を出した途端に周りの人はビリギャルのことを才能があったから合格できたのだと考えるようになる。

この話はまさにふろむだ氏の作品である『人生は運よりも実力よりも勘違いさせる力で決まっている』で提唱された「錯覚資産」の代表例だろう。詳細はふろむだ氏の作品を読んでほしいが、このように結果が出た途端に才能があったと周りが認識するのは後知恵バイアスという認知バイアスによるものだ。

一旦このバイアスに陥ってしまうとつい我々は「才能がある」、「地頭がよい」とある種思考が停止した状態になってしまう。しかし、冷静に考えると結果を出している人は努力をしていないのだろうか。中には例外があるかもしれないが、基本的に結果を出している人は血がにじむような努力をしているはずだ。

例えば、元メジャーリーガーのイチロー選手は小学生のころ毎日のようにバッティングセンターに通って練習に励んでいたし、プロ棋士の藤井聡太7段も幼いころから将棋漬けの毎日を送っていた。取り組んでいる物事が中々上達しないと、つい自分も才能や地頭のせいにしたり、自分よりもできる人を思い浮かべて勝手に落ち込んでしまう。そんな時に自分よりもできる人と最低でも同じ時間を割いているのかと冷静に考えてみると、全然時間が足りていないことが多い。このようなメタ認知的なことができるようになったのは本書のおかげかもしれない。

ただし、努力することは大切であるが、先程例に出したイチロー選手や藤井7段が努力しようと思い、苦しみながらとりくんでいたかというと必ずしもそうとは言えない部分があると思う。その手助けとなりうる考え方を本書は示している。

それが、「WHY型とHOW型」という考え方だ。WHY型の人は「なぜ○○ができないのだろうか。私には才能が無いからではないか」と文字通りなぜを考えてしまう。それに対してHOW型の人は結果ではなく変化や過程を楽しむことができる。HOW型の人は自然に次にどのようなアクションをとればより楽しくなるかを考えて行動することができるのだ。この思考の境地に達したとき、本人に苦しんで努力しているという感覚はなくなるのだろう。そして、教育する立場にある人は特にHOW型の思考で接することが重要であると本書には書かれている。

本書ではほかにもフィードバックをする際の考え方や真似をすることの大切さなど、様々なテーマに触れており、どの立場の人であっても読めば刺さるフレーズと出会えるだろう。本記事において努力について触れたが、本書は改めて適切な努力を粛々と積み重ねていくことの大切さを教えてくれた。

本書を読みながらふと思い出したマンガのフレーズがある。それはボクシング漫画『はじめの一歩』に登場する鴨川会長の言葉だ。最後にそのフレーズを引用して筆を置こうと思う。

努力した者がすべて報われるとは限らん
しかし・・・・・・
成功した者は皆すべからく努力しておる!!

最後までお読みいただきありがとうございました。あなたに素敵な本との出会いがありますように。

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